ここでは、イネ科の植物の「ヨシ」のことについて紹介していきます。特に、琵琶湖のヨシを中心として語りたいと思っています。
琵琶湖周辺のヨシは生物学的に分けると、ヨシ、ツルヨシ、セイタカヨシに分類されます。ヨシは湖沼や河川の水辺に生えています。通常水面から±50cmのところに多く生えています。ツルヨシは河川などに生えています。セイタカヨシは、水辺よりすこし高いところに生えています。琵琶湖などにはこの3種類ともに生えていますが、セイタカヨシはあまり北部の方にはありません。ツルヨシは琵琶湖には少なく河川に多いです。このなかで特にヨシは大群落を作ります。
ヨシを生業としてきたヨシの業者は同じヨシでも生育地によって分類をしています。それはそれぞれ用途、出荷先が異なるからです。日本の各地方でローカルネームがありますが、たとえば代表的な産地である滋賀県の西の湖周辺のヨシ業者によると、弥勒(美六)、白口、赤口、皮付き、太ヨシなどの呼び名がありそれぞれ形状や値段が違います。色の違いや節の長さ、太さによりこの違いが出てきます。たとえば京式すだれ等に使われる弥勒などは高価で、赤口、白口といった違いは東海地方では白いヨシを好んだり、関西では赤いヨシを好んだりというように、名前がつけられるようです。また部屋の真ん中部分に使用される簾、障子、衝立に使われるものほど高価で、屋根材などは安価になるようです。素人考えでは、太くて長いものが高価に思えますが、実際は細くて節間がほどほどで地味な味わい深い色ものが高価であるようです。また、大阪府高槻市の鵜殿では、商品に使えるヨシを「ヨシ」または「オンナヨシ」、ヨシとは別種でヨシによく似た植物を「オトコヨシ」と呼んで区別しています。
最後に、ヨシとアシの違いについてよく聞かれます。基本的には同じものです。滋賀県のヨシ業者はヨシの近くに生えているオギのことをアシと呼んでいます。オギはヨシと比べて商品価値がないので悪し(アシ)としています。ヨシは枯れた茎の中が空洞ですが、オギは綿状のものが詰まっています。
「豊葦原千五百秋瑞穂国(とよあしはらのちいほあきのみずほのくに)」、これは日本書紀という歴史書に出てくる日本のことです。豊かにヨシ原が茂り、毎年毎年秋にイネが穂を実らせる国ということです。このようにイネと同様に、このように、ヨシは古い時代から、日本人と関係が深く、日本を代表する植物ともいえるのです。
また琵琶湖のヨシは、万葉集という歌集に次のように詠われています。
「葦辺(あしべ)には、鶴(たづ)がね鳴きて 湖風(みなとかぜ) 寒く吹くらむ 津乎(つお)の崎はも」 若湯座王(わかゆえのおおきみ)
雄大な淡海(おうみ 琵琶湖の古名)のヨシは、古くから滋賀県の人に馴染みの深いものでした。
百人一首にはヨシを詠った次の短歌があります。
「難波潟 短きアシの 節の間も あわでこの世を すごして世とや」 伊勢
ヨシは「アシ(葦)」とも呼ばれ、世界中の亜寒帯から暖帯にかけての水辺に生えています。湖や河川はもちろん、湿地や海と川の水が混ざる場所(汽水域)にも生えます。
ヨシはほかの植物と同様に、秋には穂をつけてその中に小さな種をつくります。たとえば、この種を播くと初夏には芽を出し成長します。しかし、野生のもので種から大きくなるものは稀です。
イネやムギに近いところもあるのですが、大きな違いは多年草であり、もっと背が高くなることです。冬は地中に地下茎(ちかけい 土の中にできる根のような部分)があり、春に地下茎から新しい芽が出て大きく成長する植物なのです。また、地下茎自体も地中を横に伸びて成長し、その結果ヨシ原はぐんぐん広がっていき大群落をつくります。
地面から、芽が多く出る時期は3月中頃からです。琵琶湖では南の方から北上していき、最大1ヶ月ほど差がでる年もありました。たいてい水中部分(水ヨシ)から先に芽が出るようです。芽は7月頃まで成長し、5m近くなるものまであります。北のヨシは芽出しが遅れる分成長が早いようです。8月の終わりまでには穂を出します。穂は初期には赤紫色のものも見られます。その後小さな花をつけ、小さな黒い種ができます。種ができると地上部は黄色くなって枯れます。しかし、地下茎にはたっぷりと栄養が蓄えられて、冬を越し春の芽出しに備えるのです。
ヨシは成長して広がっていき大きなヨシ原をつくります。そこではよく見るとヨシだけでなく、ほかの植物も見受けられます。ヨシのほかにマコモ、カサスゲ、オギ、ウキヤガラ、シロネなどの野草、ヤナギ、ハンノキなどの樹木も一緒に生えています。また多くの魚鳥が棲みかとしていて、これをヨシ群落と呼んでいます。
水をきれいにする
ヨシ群落には水をきれいにする3つのはたらきがあります。
しかし、ヨシ群落がかつては琵琶湖への流入水のほとんどを浄化していたという誤解をされている方もいますが、これはまちがいでほんの一部であるといわれています。
皆さんは汚い水を流してヨシまかせにするのではなく、日頃から汚い水を流さないことが大切です。
魚の棲みか
ヨシ群落では、多くの魚の卵が産み付けられます。卵からかえった小魚は、餌場や隠れ家としてヨシ群落の中で育ちます。コイ、ニゴロブナ、ゲンゴロウブナ、ギンブナ、ホンモロコなどはヨシ群落内に卵を産み、小魚の時はヨシ群落の中で生活します。
他にもヨシノボリ、スジエビもヨシ群落の中に多く棲息していますし、カワニナ、ヒメタニシなどの貝類は、ヨシについて生活しています。
またこれらを餌にするブルーギルやブラックバスなどの魚もおり、ヨシ群落は魚の宝庫です。
鳥の棲みか
滋賀県では約280種類もの野鳥が観察されていますが、多くの野鳥がヨシ群落を利用しています。それぞれ卵を生んで子供を育てたり、餌をとったり、敵からにげてきたり、ネグラにしたりしています。
カイツブリ、オオヨシキリ、バン、カルガモなどはヨシ群落の中で卵を生みますし、スズメ、ツバメ類はヨシ群落をネグラにしています。
昔から冬に枯れたヨシの地上部分を刈り取り、ヨシ製品に使用してきました。毎年一度、ヨシの収穫があったわけです。刈り取った部分は抜け殻的な部分でヨシの生体にとっては影響がないのです。
それどころか、刈り取りを行うと次の年にはまた立派なヨシが採れると言われています。
現在も、陸上部分のヨシ原に関しては刈り取りを行わないとヨシ原は荒れることが多いようです。
ヨシを刈り取った跡に同じヨシ原に生えていたカサスゲなどの雑草を敷き並べます。しばらく日をおいて乾燥させた後、雑草を燃料にしてヨシの刈り跡である根元部分を火で焼きます。これで他の雑草の種子を焼いたり、病気のもとを焼ききったりします。
ヨシの地下茎は地下にいるので火の影響を受けません。春になると地上の邪魔ものがなくなったヨシはすくすくと伸びられるのです。
琵琶湖周辺では、内湖などで古くからヨシの植栽が行われてきました。主に漁業関係者が魚の成育場確保のためヨシを植えていたようです。
また、外部の良いヨシの株を手に入れるとよいヨシが収穫できるために移植をした時期もあったようです。
現在でも水環境の保護のために琵琶湖をはじめ全国の湖沼や河川でヨシが植えられています。
ヨシ製品として生活に利用する
伝統的な日本家屋には多くのヨシが使われていました。たとえば、葦簀(よしず)、ヨシ屋根、夏障子、ヨシ衝立などです。
葦簀(よしず)
代表的なヨシ製品で最も目にする機会の多い製品です。日よけに使われます。関東と関西で掛け方が違うのが面白いところです。
ヨシ屋根
日本の伝統的な家の屋根には、瓦が普及する前は、ヨシ、ススキ、ワラなどの屋根材が使われてきました。ススキやワラに比べて、ヨシは耐久性や排水性に優れた材料でした。
また、ヨシ屋根の家は夏涼しく冬暖かです。
夏障子
夏になると障子を夏用の涼しい障子に代える習慣がありますが、ヨシを使った夏用の障子があり、風通しがよく、涼しい感じがします。
ヨシ衝立
これも夏になると、座敷などのインテリアとして出されます。
部屋に涼やかな感じがします。
ほかに、壁掛け式の色紙掛け、花瓶敷き、和菓子の包装材料などにも使われます。
現代の利用を考える
現代の生活の中でも、ヨシ製品は使われています。しかしヨシ簾などは中国製が多く、日本製のヨシ製品は少なくなりました。
しかし、冬季に刈取り清掃をしたほうが、健全なヨシ群落の維持につながることは昔と同じと思われます。そこで刈取り後のヨシをどうするかが、問題となります。現在では、下記のような利用方法があります。
ただし、これに使用できるのは、毎年刈取り火入れがなされ管理されている状態のよいヨシ原から生産されるヨシに限られます。
しかしながら、近年は、中国の安いヨシ製品に押されています。
一般の方にはなじみのないものですが、田んぼを掘り起こし、1メートルぐらい下に地下排水管のまわりにヨシの束を敷き詰めて埋め込み、水田の排水を良くしようとするものです。これには背の高いまっすぐなヨシが向いています。
ヨシは紙になります。品質的には、木材パルプの紙には勝てませんが、非木材パルプ紙として有望です。中国などでは、ヨシのパルプの生産は盛んということです。
腐葉土というのは、肥料分を含んだ土のようなものではありません。水はけをよくしたり、よい土をつくったりするための土壌改良剤です。
昔から、大輪の菊を咲かせる菊の愛好家や朝顔の愛好家の中ではヨシの腐葉土がよい花を咲かせるには必需品であることは知られていました。広葉樹の葉や様々なものを混ぜて愛好家それぞれの栽培土を作って花を咲かせます。
もちろん他の花や野菜、作物にも使えます。